生活

平成【天皇陛下】御在位三十年〜象徴天皇として柔軟に対応されたこととは?


スポンサーリンク


1990年、日本国憲法の下、初めて天皇に即位された今上天皇(明仁天皇)は、御在位30年を迎えられるとともに、2019430日に御退位されることが決まっています。

即位30年のお祝いとして、天皇皇后両陛下のご結婚60年を迎えられる410日に式典が開催されることになっています。

天皇に即位されて30年間、国民に寄り添い、安寧(あんねい)を願い続けてこられた天皇陛下には日本国民皆が感謝の気持ちを持っていることと考えます。(安寧とは社会が穏やかで平和なこと。)

 

象徴天皇

皆様もご存知の通り、平成天皇は日本国憲法施行後、初めて即位された天皇となります。

大日本帝国憲法での天皇は、元首であり統治権を総攬(=統合し掌握)、陸海軍を総帥すると規定されていました。

いわゆる政治的な権能を有する存在だったんですね。

しかし、日本国憲法での天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意に基づくとされています。

前例のない「天皇陛下」のあり方を、誰も知る人はいない・・。

象徴とは具体的にどのようなものなのか、どのようなことなのか、お悩みになり、気苦労されたことは安易に想像できます。

平成天皇は、伝統を守りつつも、数多くの時柄に柔軟に対応されてこられました。

前例にとらわれず、これからの日本を、日本国の象徴であるべき「天皇」というお立場を、30年間築き上げてこられたのです。

199812月の誕生日記者会見では、次のように述べられました。

日本国憲法で、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると規定されています。

この規定と、国民の幸せを常に願っていた天皇の歴史に思いを致し、国と国民のために尽くすことが天皇の務めであると思っています。

天皇の活動の在り方は、時代とともに急激に変わるものではありませんが、時代とともに変わっていく部分もあることは事実です。

 

天皇陛下として初めて行ったことは?

今上天皇(明仁天皇)は、日本国憲法施行後初めて即位した天皇で、伝統を守りながらも現在の時代に合わせて、とても柔軟に対応されてきた天皇陛下でもあります。

平成という時代の中、いやそれ以前から天皇陛下が取り組んできた「初めてのこと」とはどのようなことがあるのでしょうか?

 

一般人「美智子妃殿下」とご成婚(1959年)

民間出身である美智子(みちこ)皇后との結婚のご意思があるとわかると、明仁天皇の母である香淳皇后やそのまわりから猛反対を受けたと言われています。

入江相政の著作「入江相政日記」に、そのような内容の記述があります。

しかし、国民からは熱烈に歓迎され「ミッチー・ブーム」が巻き起こりました。

 

浩宮徳仁親王のご出産は宮内庁病院で(1960年)

それまでは皇居御殿内の御産殿で出産されていましたが、今上天皇と美智子皇后は宮内庁病院でのご出産を望まれたのです。

また、子育てにおいても週間となっていた専任の養育係を置くことなく、親子同居で子育てされることを決意されました。

 

避難民に膝をついて見舞われる(1991年)

皆様は、雲仙普賢岳噴火を覚えていらっしゃるでしょうか?

被災地を慰問された今上天皇陛下は、歴代天皇のなかで初めて、床に膝をついて見舞われました。

この時に始めたというよりは、今上天皇が皇太子時代に始めたスタイルです。

それまでは、天皇が国民の前で膝を曲げるなどということは、あり得なかったのです。

天皇陛下と妃殿下の温かい言葉、眼差しに涙する人も多かったですよね。

 

ブッシュ大統領にお見舞いの言葉(2001年)

忘れもしない2001911日のアメリカ同時多発テロ。

稀にないテロ事件で、世界中の人々が胸を痛めました。

その際、今上天皇はアメリカ大使館を通して米大統領にお見舞いの言葉を贈られました。

天皇陛下が外国にお見舞いの言葉を送ったのは今上天皇が初めてでした。

 

サイパン島の訪問(2005年)

慰霊を目的として、サイパン諸島を訪問され、多くの日本人が身を投じたバンザイクリフやスーサイドクリフを訪れただけではなく、予定外だった沖縄出身者の慰霊碑「おきなわの塔」、朝鮮半島出身者の慰霊碑「韓国平和記念塔」にも立ち寄られました。

慰霊のために海外訪問されたのは初めてのことであり、命を失った全ての方への追悼の想いを感じることができました。

 

80歳の誕生日会見では(2014年)

80歳の誕生日に、皇后(こうごう)美智子さまへの深い愛情と感謝を語られました。

「天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、私は結婚により、私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え、これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています」

 

明仁(あきひと)天皇

1933年(昭和8年)1223日、昭和天皇・香淳皇后の第一皇男子として誕生されました。

5子にして初の皇子、称号「継宮」(つぐのみや)、名前「明仁」(あきひと)は、父である昭和天皇による命名です。

1936年(昭和11年)、満2歳には両親の元を離れ、赤坂離宮構内の東宮仮御所で東宮傅育官によって育てられました。

天皇陛下(第一皇男子)とはいえ、2歳の男の子であることに変わりありません。

父親、母親がどんなに恋しかったか?は、皆様にもご想像できるかと存じます。

学習院初等科ご入学後も、東宮傅育官には大変厳しく教育されたといいます。

将来、君主として人前に立つことを考えると当然だったのでしょうが、ご両親不在での教育にどのような思いを抱いておられたのでしょうか?

吐き出すこともできない、甘えることもできない寂しさを感じていたのではないかと考えます。

親子が別居しなければならないことが皇室のしきたりだったことが、のちの「家庭」「子育て」に大きく影響を与え、幸せな家庭を築くことが「象徴」の一つだとお感じになられたのではないでしょうか?

 

しかし、学生時代は活発に過ごされたようです。

まわりも明仁天皇に気兼ねなく接していらっしゃったのが、とても嬉しそうにされていたと、学習院級友の一人が語っておられました。

そんな学習院中等科時代、明仁天皇に大きな影響を与えた一人が英語教師のヴァイニング夫人。

ヴァイニング夫人は東宮大夫が入院された際に「お見舞いは自分の意志でするもの。誰かにいわれてするものではない。」とおっしゃったそうです。

その教えが、現在の慰問活動に繋がっているのだと感じます。

また、東宮御教育常時参与、元慶應義塾塾長の小泉信三氏から誰に対しても人格を尊重し、やさしく接するという精神を学ばれたのだと。

時間を押してまでも、被災された方々に温かいお言葉をかけられるのは、これらの精神が深く深く根付いていらっしゃるのだと思います。

明仁天皇の温かく、やさしいお心は、宮内庁職員、運転手、まわりの全ての人に向けられていらっしゃいます。

 

そうして美智子皇后との出会いを迎えられます。

ご成婚までの道のりは決して楽なものではなかったと存じます。

先にも書きましたが、初の民間出身という美智子皇后にまわりの皇族の方々から反対も強かったといいます。

しかし、お二人の気持ちは揺るがなかったのですね。

深い愛情で結ばれ、二人で皇室を変えようと大変なご努力をされてきました。

当時、昭和天皇に仕える侍従たちからは厳しい批判を受けることもあったそうです。

そんな中でも、天皇・皇后両陛下は「象徴天皇」を模索しながら歩み続けれこられたのです。

201812月で85歳になられる天皇陛下。

年間約1000件の書類に目を通して署名・捺印し、各種行事に約200回出席、20件近くの祭儀を執り行うなど精力的に活動されています。

まさに「象徴天皇」を全うしようとされているのです。

 

20131223日、誕生日に際する記者会見の天皇陛下のお言葉が、とても胸に響きました。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。

また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。

しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。

更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。

その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。

こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

 

来年は、天皇陛下の御退位、皇太子殿下の御即位に伴う式典が次のように行われます。

2019224日:天皇陛下御在位三十年記念式典

2019430日:退位礼正殿の儀

201951日:剣璽等承継の儀・即位後朝見の儀

20191022日:即位礼正殿の儀

平成天皇の御退位、皇太子殿下の御即位を日本国民として、厳粛な気持ちで迎えたいと思います。

参考サイト

 

・皇太子殿下の御即位記念硬貨はいつ発売されるの?申込み方法は?~いち早く情報を得る方法は?

・【高御座(たかみくら)】は新天皇即位儀式の象徴~高御座とは?どこにあるの?移動式?!

・御即位の儀式【剣璽等承継の儀】とは?~読み方や天皇の宝について知ってる? 祝日にはなるの?

・【東京都庭園美術館の紅葉】駅から10分以内 おすすめ紅葉スポット~見頃、見どころ、ライトアップなど気になることまとめ!!

・【変なホテル】東京 羽田に登場~気になるシステム、料金、アクセス、アメニティーなど~全200室インパクトかなり強め

・【2020年東京五輪】追加された5競技18種目~習い事候補として取り入れてみるのもおすすめ!!

 

 

平成【天皇陛下】御在位三十年~象徴天皇として柔軟に対応されたこととは?を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でegaosmileをフォローしよう!


スポンサーリンク


関連記事

  1. 「長崎ちゃんぽん」だけがちゃんぽんはではない 〜 食べておきたい…
  2. 【玉ねぎ】を吊るして干すのはなぜ?その理由と【玉ねぎ】の保存方法…
  3. セブンイレブン2018年【飲むスイーツ】限定発売中〜フローズンド…
  4. 髪がパサパサして邪魔になる 〜 パサパサ髪にならないためのお手入…
  5. 【蚊の発生】実に不快〜発生の原因や対策、予防法などをご紹介
  6. 家事が面倒な主婦におすすめのスペシャル時短術
  7. ネットショッピングと実店舗ショッピング 有益な買い物方法はどちら…
  8. 松雪泰子(まつゆきやすこ)さん 〜 NHK朝ドラ 鈴愛(すずめ)…

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

スポンサーリンク


スポンサーリンク

スポンサーリンク

PAGE TOP