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【中田久美監督】伝説の名セッターと言われる理由〜ケガ、激痩せ、離婚、度肝を抜くバレー人生【2018世界バレー】

【中田久美監督】伝説の名セッターと言われる理由

中田久美(なかたくみ)さん。

誰もが知っている全日本女子バレーボールの監督ですね。

自分が知っている中田久美さんは現役で、全日本バレーボール選手として競技をしている選手でした。

日本チームアタッカーへ確実にトスをあげ、キメるアタックを打たせる中田選手の姿は「かっこいい」の一言。

自分にも他人にも厳しく、ストイックな性格が見え隠れする選手でした。

伝説の名セッターと言われる中田久美監督とは、どのようなバレー人生を送ってこられたのでしょうか?

これから始まる世界バレー2018女子大会に向け、中田久美監督について興味を抱かれる方も多いでしょうね。٩(ω’ )و

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中田久美(なかたくみ)さん

生年月日:196593

身長:176cm

出身地:東京都練馬区

役職:全日本女子バレー監督

中田監督は、東京都練馬区で生まれ育ちました。

家族構成は「ご両親+中田監督」と3人家族だったようで、一人っ子だったようです。

ご両親の愛を一手に受けながら成長されたのですね。

小学校までは、普通の女の子として過ごしていたのだと思います。

中学からバレーを始める

練馬区立練馬東中学校に入学後、母親の勧めもあったことからバレーボールを始めます。

ここが、中田監督バレー人生のスタートでした。

中学校生活とバレーボールの両立はさぞ、大変だったと想像します。

中田監督団によると、ご両親はとても厳しく「やるしかなかった。選択肢はその道しかなかった。」と笑いながらおっしゃっていましたよ。

余談ですが、有名な話。

伝説のセッターが卒業した中学校には、伝説のロッカー尾崎豊(おざきゆたか)さんも通われていたのです。

しかも、同級生として・・(*≧∀≦*)

練馬区立練馬東中学校は「伝説」が生まれる中学校なのでしょうか?!

LAエンジェルス入団~全日本代表

中学2年のとき、全日本バレーチームの監督を務められた山田 重雄(やまだ しげお)氏のバレーチーム「LAエンジェルス」に第二期生として入団します。

山田 重雄氏のバレー戦略は、相手チームの徹底研究を徹底的に行い、理詰めで攻めるといったそれまでにない斬新な戦略で「知将」とも呼ばれていました。

その成果は見事に発揮されており、山田氏が育てたバレー選手には生沼スミエさん、白井貴子さん、江上由美さん、大林素子さん、吉原知子さんがいらっしゃいます。

誰もが日本を代表する名プレイヤーです。

ここに入団したからには、当然バレー漬けの日々が待っています。

中田監督は、バレーに専念するため、普通高校には進学せず通信制のNHK学園高校に通い、卒業されています。

覚悟、努力、忍耐、継続、試練、経験という言葉がぴったり当てはまる選手でした。

しかし、中田監督は中学3年・15歳で大谷佐知子さんと共に史上最年少で全日本代表に選出されました。

入団して一年足らずで日本代表です。

中田監督のバレーに対する想いと努力、センスの良さがご理解いただけるでしょう。

日中対抗戦にセンタープレーヤーとして出場するも、素質を買われすぐに「セッター」へと転向します。

セッター転向が1980年、翌1981年には「日立」入団でわずか一年でスタメンを獲得・・驚異です。Σ(・・;)

その年の日本リーグでは、史上初の失セット0での全勝優勝に大きく貢献し、新人賞を獲得されています。

世界へ向けて

1983年には、全日本でもスタメンセッターとなり、その年のアジア選手権では世界一とされていた中国を破り優勝を飾りました。

「セッター」というポジションから、中田監督が試合に大きく貢献したことは間違えありません。

1984年、ロサンゼルスオリンピックでは銅メダルを獲得!!!

1986年の世界選手権では、全日本の主将を務めるほどにまで大きな選手となりました。

しかし、中田監督のバレー人生いいことばかりは続きません。

その年(21歳)、練習中に右膝前十字じん帯を断裂してしまったのです。

バレー選手として再起不能と言われるほどの大けがだったと言います。

辛い10ヶ月を乗り越え復帰したものの、2年後の1988年には右膝の手術をしましたが、完治にはなりませんでした。

これ以降、痛みと戦いながらの選手生活となります。

1992年、日本女子バレー史上初となる3度目の五輪出場(バルセロナオリンピック)では、中田監督が、日本選手団の旗手を務めていたのが印象深く残っています。

後年はケガに苦しみ、痛みに耐えながらの選手生活だったと思います。

1997年に、所属していた「日立」を退社して、バレーボール教室など後進の指導や全国各地での講演、バレーボール解説者のほか、スポーツキャスター、タレントとしても活動されていました。

現役引退後

現役を引退しても、伝説の名セッターを世の中が放っておくはずはなく。(*≧∀≦*)

2008年、イタリアプロリーグセリエA・ヴィチェンツァのコーチに就任、日本人女子として初めて海外バレーボールチームの指導者となったのです。

日本の名セッターが海外でも、高く高く評価されていたことが証明されましたね!!

2011年には、久光製薬スプリングスのコーチに就任監督となり、チームを勝利へと導いていきました。

そのスピードたるや、度肝を抜くほど・・でしたよ。

セッターとしてはもとより、バレー監督としても高い評価を受け、20161025日に日本バレーボール協会理事会にて満場一致で、バレーボール女子日本代表の監督に選出されたたのです。

20175月に久光製薬を退部して、現在は全日本女子バレーチームの監督に専念されています。

中田監督が全日本代表として出場した主な国際大会出場歴

オリンピック:1984年、1988年、1992

世界選手権:1982年、1986

ワールドカップ:1985年、1989年、1991

中田監督の主な受賞歴

1981年:第15回日本リーグ(新人賞)

1982年:第16回日本リーグ(ベスト6

1983年:第17回日本リーグ(ベスト6

1984年:第18回日本リーグ(最高殊勲選手賞)(ベスト6

1985年: 第19回日本リーグ(最高殊勲選手賞)(ベスト6

1989年:ワールドカップ(ベストセッター賞)

1990年:第24回日本リーグ(最高殊勲選手賞)(ベスト6

1991年:第25回日本リーグ(最高殊勲選手賞)(ベスト6

2007年:2006-07プレミアリーグ(Vリーグ栄誉賞)

バレーボール協会で満場一致で監督選出されたことからもわかるように、中田久美監督は、全日本の監督を務めるにあたり、十分な素質と豊かな経験を持つ女性です。

これから、全日本女子バレーボールチームをどのように育てていかれるのか、楽しみでなりません。

関連記事:【小幡真子選手】天草育ち、ズバ抜けた身体能力を持つスーパーリベロ~2018世界バレー女子大会

中田監督の統率力

現役時代から、チームを統率する力を十分に備えた選手だったようです。

アテネオリンピック出場が決まった際のテレビ出演において、浮かれている選手たちに「てめえら、このヤロー!!」と一喝したエピソードは有名ですね。

中田監督がチームの「司令塔」であったことが十分に伝わるエピソードです。

セッターというポジションは、動きの速さ、的確スピーディーな判断力、そしてコントロール能力が求められます。

ゲーム全体を見渡せる総合的な判断力

チーム一人一人のコンディションの善し悪し、性格などを把握できる観察眼

データを理解し、それに基づいた配球の組み立てができる頭の良さ

このような資質を持っていてこそ、相手チームを攻撃するための「司令塔」ができるのです。

良きセッターがいるからこそ、チームを勝利に導けたのだと言っても過言ではありません。

中田監督のずば抜けた統率力が「伝説の名セッター」とうたわれる所以ではないのでしょうか?

激痩せが問題になっていましたが

中田久美監督が誕生した頃から、激痩せが話題になっていました。

病気なのではないか?と心配する方も多かったと感じますが、これは、監督就任に対しての重圧、責任感などのストレスからだと報じられています。

真実はわかりかねますが、ずば抜けた統率力を持っていらっしゃる中田監督ですからストレスは多大だと感じます。

あらゆる部分に気配りができ、的確な判断を下せるということは、言い換えればとても繊細な心の持ち主です。

いろんな場面で、たくさんの気配りをして、悩み続けることはストレスなしでは考えにくいです。

中田監督は、選手たちの特徴を膨大なデータで解析するような完璧主義でもありますが、それと同時に気遣いの人でもあると言われています。

通常、監督は試合中にコートに近いところで選手たちに指示するものですが中田監督は立ち上がりません。

これは選手を不安にさせないために意図的に行われているそうです。

過去にテレビ番組の生放送で激怒したのも、スタッフへの気遣いなのかもしれません。

スポーツライター

もしかしたら、中田監督にも自覚のないまま痩せられた可能性も十分にありますよね。

現時点で、大きな病気を抱えているというような情報はありません。

女性としての中田久美監督

重大な責任を感じながらのバレー人生、なかなかプライベートを楽しむ時間はなかったと思いますが、中田久美監督は一度ご結婚をされています。

が、3年ほどで離婚をされました。

原因については「旦那様に完璧を求めすぎた」というようなことをおっしゃっていました。

お忙しい中田監督ですから、生活がすれ違いになったこともあるようです。

また、バレー一筋で生きてきて、かつ「セッター」というストイックなポジションを務めてきたことから、中田監督ご自身が隙のない完璧に近い方なのだろうと想像します。

そんなストイックさが、ネックになったのかも知れませんね。

しかし、しかしd( ̄  ̄)

そんな中田監督を一人の女性として認めてくれる男性はたくさんいるはず。

これから、また女性としての自分も楽しんで生きていただきたいなと感じます。

世界バレー2018女子大会

日本バレーボール協会は東京五輪をみすえた長期計画のもと、中田久美監督を指揮官に据えました、

バレーボール界からも、自分たち一般人からも信頼が厚いといえます。

完璧主義ゆえに厳しい部分も多々あるでしょうが、だからこそ結果に期待できるのではないでしょうか?

「伝説に残るチームを作りたい」と語る中田久美監督。

2018929日(土)に開幕される「世界バレー2018女子大会」は、全戦見逃せない試合となりそうです。٩(ω’ )و

開催日程:2018929日(土)~1020日(土)

全日本女子試合予定
929日(土)  1  対アルゼンチン

930日(土)   2  対オランダ

101日(水)   3  対メキシコ

103日(火)   4  対カメルーン

104日(木)   5  対ドイツ

テレビ放映

TBS系列・独占放送予定

1次ラウンド
929日(土):夕方4時~454分 [ 2018世界バレー開幕!~決戦3時間前SP ]

929日(土):よる7時~9時 [ 日本×アルゼンチン ]

930日(日):よる7時~9時 [ 日本×オランダ ]

101日(月):よる7時~9時 [ 日本×メキシコ ]

103日(水):よる7時~9時 [ 日本×カメルーン ]

104日(木):よる7時~9時 [ 日本×ドイツ ]

2次ラウンド(2次以降は、日本進出時のみ放送されます)
107日(日):よる7時~9

108日(月):よる7時~9

1010日(水):よる7時~9

1011日(木):よる7時~9

3次ラウンド
1014日(日):よる630分~9

1015日(月):よる7時~9

ファイナルラウンド

準決勝 or 5-6位決定戦
1019日(金):よる7時~857

3位決定戦
1020日(土):夕方5時~7

決勝
1020日(土):よる7時~9

 

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【中田久美監督】伝説の名セッターと言われる理由~ケガ、激痩せ、離婚、度肝を抜くバレー人生【2018世界バレー】を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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